遺伝子組換えとうもろこし

読売アメリカ紙 旅レポート

(2001新年号)

 

 アメリカの典型的食べ物といえば、ハンバーガーやバーベキュー、はたまたマクドナルドといったファーストフードを思い浮かべる人は多かろう。しかし、歴史的に見て、また現在の生産量からいっても、アメリカの食べ物といえば、これを見逃すわけにはいかない。とうもろこしである。

 

 ネイテイブアメリカン達が、ヨーロッパからやってきた白人植民者たちに教えた新大陸の食べ物は、今日サンクスギビングデイナーはもちろんのこと、コーンシロップやポップコーン、食を超えてさらにはエサノールガソリン、ペンキやタイヤまでさまざまな分野に浸透し、アメリカ人の生活には欠かせないものとなっている。今日、全米の7700万エーカーの農地で、年間91億ブッシェル(1ブッシェルは約35リットル)のとうもろこしが生産されている。

 

 イリノイ州はアイオワ州に次ぐ全米で第2位の生産量を誇り、1100万エーカーの畑から16億ブッシェルを生産する。全米のとうもろこし生産量の約21パーセント、20億ブッシェルが海外に輸出される。その中でもイリノイ産は47%が輸出に回されている。世界最大

のアメリカ産とうもろこし消費国といえば、実は日本である。日本は、第二位の韓国(2億5500万ブッシェル)、第三位のメキシコ(2億500万ブッシェル)を大きく押さえて、年間6億400万ブッシェルもアメリカからとうもろこしを輸入している。コーンスターチ用が輸入量全体の90パーセント近くを占めている。

 

 「日本に送られるとうもろこしの80%は、イリノイ産のはずだ」と、イリノイ州とうもろこし生産者協会の担当者は胸を張った。イリノイ州の中でも一番とうもろこしの生産性の高いのがデカブ郡である。そのデカブ郡デカブ市は、商標名「デカブコーン」で有名である。「デカブ」は1934年にすでに全米最初のハイブリッドとうもろこしの新品種を発表、生産・販売に成功して、1940年には全米トップのとうもろこし改良品種製造会社となった。1990年には世界最初の遺伝子組換えとうもろこしを作り1998年に除草剤耐性とうもろこしを発表したのち、モンサント社に吸収された。

 

 モンサント社(本部ミズーリ州セントルイス、創業1901年)は、1902年に全米最初にサッカリンの製造をはじめ、翌1903年からコカコーラ社(ジョージア州)に全サッカリンを出荷、1904年にはカフェインの製造開始、1917年にはアスピリンの製造で全米最大規模を誇った名門会社である。今日、世界100ケ国以上に販売拠点、製造工場、研究所をもつアメリカ有数の総合農化学会社であり、世界最大の遺伝子組換え穀物メーカーでもある。

 

 そのモンサント社・デカブ支社では、全世界のとうもろこし生産マネージメントが研究されている。生産マネージメントこそ、バイオテクノロジーの恩恵に与かるものであり、とうもろこしは不安定な農作物から、付加価値の高い専門性の高い農作物へ、つまり遺伝子組換えが積極的に行われようとしている。遺伝子組換えとうもろこしは、モンサント社の将来を大きく左右するものといっても、決して過言ではない。

 

 しかし、除草剤耐性や耐虫性をもち、栄養分が大きく変わる遺伝子組換え作物は、環境への影響や人体への長期の安全性がまだ確認されていないと、消費者や自然保護団体からの反発・反対の声は根強い。認可に慎重な態度を見せる日本を意識してか、広報担当のロバート・プリチャードさんは、バイオテクノロジーのすばらしさを熱っぽく語った。 「これは革命じゃないんですよ。進化なんですよ。」と。

 

イリノイの農地は確実に減少している。92年から97年のあいだに、デカブ郡の農場数は942から826へ、また農地面積も37万7千エーカーから36万8千エーカーと2パーセント減少した。大都市シカゴの郊外に近づくにつれ、商業施設や倉庫、工場、住宅などの土地開発にさらされ、とうもろこし畑はまたたくまに姿を変えてしまう。

 

 しかし、プリチャードさんは楽観的だ。「確かに農家数はこれからも減り続けるだろう。が、その一方で、世界の人口は増加しつづけている。我々が食料不足に陥る危機を救うのが、バイオテクノロジーなんです。害虫のつかない、病気にならない、やせた土壌でも育つ作物を開発し、コストを下げ、生産性を高めることで、たとえ今後農地が減っても、より安く、品質のよい作物が確保できます。第三世界の人々を助けることにもなります。」

 

 現在、イリノイで、遺伝子組換えとうもろこしBtコーン(たんぱく質を多くだして、害虫を殺す)が栽培されているのは、とうもろこし畑全体の約3分の1である。消費者の懸念が根強い現在では、モンサント社も従来の品種の改良・開発研究を続けている。が、プリチャードさんははっきりと言いきった。

 

 「何年かかるか分からない。あとわずか5年かもしれない。しかし将来は必ず遺伝子組換えとうもろこしが市場を圧倒するだろう。心臓病に効くとうもろこしとか、病気を予防できるフルーツとか、これからはバイオテクノロジーのおかげで、消費者が自分の欲しい、必要な作物を自由に安く手に入れられる時代になるのです。」

 

 これまでは生産者に有益だったと言われるバイオテクノロジー。バイオテクノロジーにより生産性が高まった一方で、とうもろこしの過剰生産を引き起こし、価格が下がったため、小規模の農場は採算がとれなくなっている現実がある。農地面積は減っているにもかかわらず、農場あたりの平均規模は逆に増加しているのである。生産者たちがこれから生き延びるためには、ますます付加価値の高いとうもろこしーつまりバイオテクノロジーの一層の活用が期待されているのである。

 

 農業大国アメリカでは、農業ほど通商貿易や国富と密接なつながりがある経済分野はないとされる。農場を手放さなければならなくなる人々がいる現実を前に、21世紀のアメリカの農業の将来に大きな期待を寄せる投資家たちがいる。投資家たちは、イリノイの一級農地を購入、リースして利益をあげようとする。1970年代後半にドイツやイギリスなどヨーロッパから、1980年代中ごろには日本からもやってきた。

 

 「日本人をはじめとする外国人が所有するイリノイの農地は1%たらずでしょう。でもたとえ、このまま農地面積が減少しつづけても、バイオテクノロジーのおかげで、とうもろこしの生産は増えつづけ、アメリカの農業は安泰です。このまま都市開発が進んでもびくともしません。世界に食料を供給するアメリカの農業は長期的に見てとてもいい投資なのです。」と、投資コンサルテイング会社、キャピタル・アグリカルチャー・プロパテイ・サービス社(シカゴ)のレイ・ブラウンフィールド社長は言う。別の投資コンサルテイング会社、アグリカルチュラル・インベストメント・アソシエート・コープ(シカゴ)のジョン・カッチンガム社長も、「これからもイリノイのとうもろこし畑の価格はますます上がりますよ。日本がイリノイのとうもろこしを買い続けてくれる限り、大丈夫ですよ。」と大笑いした。

 

 農務省の試算によると、2001年には、農作物の輸出はさらに増えると見こまれている。その中でも最大の増加率を見せるだろうと有望視されているのがとうもろこしである。2025年までには世界の人口が80億人に増加、人々の平均寿命も5年は伸びると見こまれている21世紀。アメリカの、いや世界のとうもろこし畑は果たしてどんな姿をしているのだろうか。コンピュータ制御され、衛星を使って、とうもろこし11本のニーズが確認される時代となっているのだろうか。

 

 そして、世界の消費者たちは、”フランケンフード”とも揶揄される遺伝子組換え食品にどのような判断を下しているのだろうか。医者が造ったフランケンシュタインを破壊しようとした町の人々の心こそが、本当のモンスターだという科学者たちの声と、自然こそが最高の遺伝子工学エンジニアだという声のはざまで、我々がどこまで積極的に自分たちの食生活に関わっていくか、その姿勢が問われる新時代がほんのそこまで来ている。