父の謝罪
父が階段をかけあがってきた。部屋の真ん中で座りこんで泣いている私に、父が声をかけた。
「さっきは悪かった。悪かったわ」
今まで聞いたことのない父の謝罪だった。
その数分前、階下で強気の父が怒鳴った。
「2度と帰ってこないのが本当の親孝行や」
毎年夏に、娘といっしょに顔を見せるのが子の務めと、過去七回欠かさずに太平洋を往復していた私は激昂した。
父に向かって言い返すなんて生まれてはじめてだった。
「会いたくても、二度と会えなくなる日が必ず来ると思って帰ってきてるのに。分かった。覚えとけ。二度と帰ってこない。」
子供の時から私を突き放す厳しさしか見せない硬骨漢の父に、愛情を感じるのはむずかしかった。
父の謝罪は、私の心に何も残さなかった。
私はひたすら意地を張った。何の連絡もしなかった。
次の年の夏の初め、父は急死した。道を歩いていて倒れて、それっきりだった。
私は八回目の夏、父の最後の顔を見に帰った。後で、父が春の初めの頃、ぼそぼそと寂しそうに言っていたと聞いた。
「今年は、もう多佳子は帰ってこんなあ。」
私は父の謝罪を素直に受け入れるべきだった。
本当は私も帰りたかったのに。
お父さん、ごめん。
今年の夏も、そんなにまでして私に帰ってきてほしかったんだね。