「リンカーンの国から」
(1) スプリングフィールド
イリノイの州都スプリングフィールド。シカゴから車で約4時間ほど南西に走ったところである。人口11万人の州都のダウンタウンの一等地に、2005年4月19日、立派な博物館がオープンした。その名も「アブラハム・リンカーン大統領図書館と博物館」である。図書館のほうは、すでに去年の10月にオープンしていた。1億4500万ドルをかけた博物館の今春のオープニングには、ブッシュ大統領夫妻もかけつけたぐらいである。
大統領までがはるばるイリノイの、それもとうもろこし畑に囲まれたスプリングフィールドまでやってくるなんて、一体どんな博物館だろうと興味しんしんで、朝9時すぎ、開場まもなく出かけていった。驚いたこと、驚いたこと。。確かに夏休みではあるけれど、まだ金曜日だというのに、ドアの前には老若男女が長蛇の列を作っていた。思わず、いったいここはどこ、日本じゃないの、と口走ってしまった。
中にはいると、まず出迎えてくれるのが、身長6フィート4インチだったリンカーンとその家族の等身大の人形である。悪妻で名高いメアリを、息子3人とリンカーンが取り囲んでいる。
展示は、ケンタッキーの少年時代から、大統領以前時代、南北戦争を経て、スプリングフィールドでの葬儀まで、人間リンカーンの人生がテーマパーク的に、顔の表情までよくとらえた精巧な等身大の人形によって表現され、かつ膨大な資料が壁をおおう。解放宣言の限界やリンカーンを’イリノイの猿”と批判の声も紹介されている。
展示のよさは、単にその精巧さ、豊富さだけではなく、たとえば、1860年の大統領選の様子を、現代ならこんな政治キャンペーンになるだろうと実際のテレビ画面で再現、興味のない人にも好奇心を発火させようと、歴史紹介に工夫がこらされていることだ。とりわけ、2本の3D映画はすばらしかった。劇場から煙が出、椅子の下から大砲がとどろき、その衝撃を体感し、というわけで、いっしょに行った「ええっ、リンカーンなんて」と言っていた友達も、「いやあ、ここは人に勧められますね」と感嘆する出来具合である。
そして、一番勉強になったのは、リンカーンを殺したジョン・ブースという男が若くてハンサムで、しかもあの当時で年間二万5千ドルも稼いでいた有名なシェークスピア俳優だったと知ったことである。現代の感覚で、暗殺したその場で撃ち殺されたと人生50年ずっと思ってきたのに、しばらくバージニアへ逃亡していたという。犯人の顔を見て、「あれっ、かっこいいじゃん」と思った途端、何やら奴隷解放反対の南部の論理をもっと知りたくなるというざまだから、「女なんて」と我ながら苦笑した。ブースは暗殺団の一人にすぎず、しばらくのあいだ、大統領はずっと命を狙われていたらしい。そのあたりの気苦労は、展示されているリンカーンの顔に如実に表れていた。大統領になったばかりの1860年は、ひげもなく若若しかったのに、わずか5年後には、ひげづらでやつれ、目も落ち込んでしまっている。南北戦争がいかに人間大統領にとって重荷だったかということだろう。
結局、感嘆しながら4時間半も博物館で過ごして外に出ると、相変わらずの長蛇の列が博物館をとり巻いていた。東部13州外からはじめて大統領を送りだしたイリノイの誇りである。