「リンカーンの国から」
(２) ディケーター その１

　イリノイの州都スプリングフィールドから、東へ車を走らせた。幹線道路を走っていたのに、いつのまにやら迷ってしまう。地図を首っぴきで眺めて、目的地まではどうやら番号のないブルーハイウエーを走らなければならないらしいと知る。緊張とともに一種のわくわく感に胸がきゅっとなった。いつだったか、標識がまったく出てこないブルーハイウエーで迷い、東西南北さっぱりわからなくなってさんざんの思いをした経験があるにもかかわらず、だ。人にも車にもまったく出会わぬ片田舎のブルーハイウエーには、かつてパイオニアたちが道を切り開いていったアメリカの原風景としか表現しようのない、抗しがたい情緒がある。

　目的地は、デイケーターの西１０マイルのところにある「リンカーン・トレール・ホームステッド・ステートメモリアル」である。ケンタッキーからインデイアナを経て、イリノイにやってきたリンカーン一家が、イリノイで最初に建てた家の跡である。「ステートメモリアル」とあるから、もうちょっとわかりやすく観光案内がしてあるかと思いきや。。とうもろこし畑のあいだをいく、車が一台しか通れないような細い道を、ただ一心に「正しい方向に向かっているはずだ」と信じきって走った末に、なんとか見つけたものは。。。

　キャンプやハイキング、釣り、ピクニックなどができる１６２エーカーものの静かな公園だった。当然人一人いなかろう、と思いきや、物音一つしない森の中のシェルターで１組のカップルが抱き合っていた。自然の恵みにとり囲まれた至福の時間に違いない。

　公園の中をサンガモンリバーが流れている。サンガモンリバーの北岸にリンカーンキャビンがあった、と標識に記されていた。公園の入り口付近から川岸に下りる階段があった。川沿いにハイキングトレールがあったらしいが、人もめったに来ないせいだろう、トレールはおいしげる雑草や大きな倒木に邪魔されて、途中から進めなくなっていた。公園のつきあたりに、めざす石碑があった。林のなかを切り開いたといった感じである。星条旗と州旗が翻っている。

　リンカーン一家がここにやってきたのは１８３０年３月１５日のことだった。先にイリノイにやってき、リンカーン一家を呼び寄せた遠い親戚にあたる従兄弟、ジョン・ハンクスが見つけていた場所だった。一家はここに１６フィート四方の丸木小屋や納屋、トイレを建て、１５エーカーほどの土地を塀で囲み、とうもろこしを植えるために土を耕した。リンカーンとジョンは、他の農家のために横木を切った。”木こり”というリンカーンのニックネームもこの時に生まれた。

　しかし、その年の秋は熱病がはやり、冬は歴史に残るような猛烈な大雪となった。イリノイに失望した父親は、翌年の春３月、インデイアナに戻ることを決心、東に向かう。が、リンカーンは一人立ちを決意、ジョン・ハンクスと義弟ジョン・ジョンストンとともに、荷運びの平底船に乗りこんでミシシッピ河を下り、ニューオーリンズへ向かう。３人は大きなカヌーを買い、サンガモン川を下ってスプリングフィールドへ行き、仕事をはじめたのだった。リンカーンが家族といっしょに住むことはもう２度となかった。

　リンカーンたちがここにいたのはわずか１年である。が、ここで「ランド・オブ・リンカーン」の歴史が始まったのである。リンカーン２２歳の春である。当時にしてはかなりの「パラサイト」だったんじゃないの。